2025年07月25日

これまでの勤務先を振り返る

僕が正社員でなく非正規雇用であることは前に書きましたけど、正確に書けば障害者雇用でやっと就職できて、以後メッキ工場から本屋のアルバイト清掃のアルバイトと勤務先を転々とし、この記事を初めて書いた時点での工場内の作業に至ります。工場内の作業でも嫌なこと自体はありますが、それまでの勤務先で叱責や低評価などの嫌な思い出と比べればよっぽどマシに思えます。
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2022年04月27日

僕の祖母の話

去年4月に書いた祖父の思い出に続き、今回は祖母のことを書きます。この記事を初めて書いた時点で父方の祖母は亡くなっていますが、少なくとも母方の祖母は生きていると思います。生前の父方の祖母と会う頻度は祖父と同じく毎年2回くらいでした。僕は父方の祖母に過去の話など突っ込んだ話題を尋ねたかはもう思い出せないです。生前の父方の祖母は僕に対してお年玉を渡してくれるなど友好的だったと思っていますが、亡くなって以後に父方の祖母の言動が父とそっくりだったと母から聞かされ、父の性格の起源はここにあったのかと当時は思いましたね。
母方の祖母とはかつて1週間に1回は会っており、僕が20代後半を過ぎてからも会うたびに小遣いは渡してくれました。母方の祖母は農家なので田植えなどの手伝いをしたこともありました。僕が10代前半かそれより幼い頃に母方の祖母の子供の頃の思い出を尋ねたことはありますが、母方の祖母は「忘れた」と答えていたのを覚えています。2年くらい前に母方の祖母は介護施設に移りました。それ以後母方の祖母とは会っていませんが、この記事を初めて書いた時点で亡くなった旨は聞いていないです。
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2021年05月27日

また会いたい恩人

※2021年11月18日内容修正
僕はこれまで色々な人に出会いました。僕がつらいときに支えてくれた人がいた一方で、価値観が合わなかったり僕の不注意などで結果的に喧嘩別れした人もいました。その中で僕がもう一度会いたいと思うのはかつてジョブコーチだった「あーさん」(仮名)です。「あーさん」は女性で年齢は聞きませんでしたが僕から見て当時は約50代くらいと思っています。「あーさん」とは7年程の付き合いでメッキ工場本屋でのアルバイトでよく精神的につらいときに僕の話を聞いてくれたり、時には僕の言動に対し忠告もしてくれました。
僕が清掃のアルバイトを始めた年の5月に「あーさん」は電話で転職する旨を僕に伝えたのが最後の会話になりました。この記事を初めて書いた時点では新型コロナウイルス感染症の流行がありますが、もしそれが収束して機会があるのならまた「あーさん」と会って話がしたいですね。
posted by ペン打ゴン at 21:21| Comment(0) | 筆者の思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする